2014年07月16日
彼女はなかな
道は川と平行して緩やかに下っている。
鞍馬山で力を使い果たしたので、ただ惰性で歩いた。傍らの川から水の匂いが湧き上がってくる。久しぶりに嗅ぐ川の匂いだ。よく見ると、ハヤが群れて瀬を上っている。ぼんやり眺めていたら、うしろで若い女性の声がした。
何かいますかと言うので、ハヤがたくさんいることを教えたが、彼女はなかなか見つけられず、しばらくしてから、いるいると歓声をあげた。
ただそれだけのことだったが、ひとつのことで共感できたという、距離のない親しさをおぼえた。さっそく貴船の神のご利益があったのか、などと考えたのは一瞬で、ぼくの邪念を振り払うように、恋の女神はさっさと立ち去ってしまった。
しばらく歩くと蛍岩というのがあった。和泉式部のあの有名な蛍の歌は、ここで詠まれたという。
もの思へば沢の蛍もわが身よりあくがれいづる魂かとぞ見る
恋しい人のことを思っていると、沢から飛び出してきた蛍が、私の熱い思いのようにみえた。そんな風にぼくは解釈していた。
だがその時、和泉式部は夫の心変わりに悩んでいたのだという。その切ない心情を歌ったものだと、神社のしおりに書いてあった。